大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12195号 判決

原告

昭和アルミニウム株式会社

右代表者代表取締役

石井親

右訴訟代理人弁護士

中島晧

湯浅正彦

関哲夫

二瓶修

髙山泰正

伊東健次

被告

進興ビルディング株式会社

右代表者代表取締役

原澈

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

大塚尚宏

宇佐見方宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二億二六七〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、株式会社である。

2(一)  第一次賃貸借契約

原告は昭和五四年三月末ころ、被告から、別紙物件目録記載(一)の建物部分(以下「本件第一建物」という。)を次の約定で賃借した(以下、この賃貸借契約を「本件第一賃貸借契約」という。)。

(1) 賃料  月額七〇四万一六〇〇円(ただし、昭和五四年四月一日から昭和五六年三月三一日までは月額五八六万八〇〇〇円とする旨別途合意された。)

(2) 期間  昭和五四年四月一日から昭和五七年三月三一日まで

(3) 敷金  賃料六箇月分相当額

(4) 期間内解約  原告又は被告が六箇月間の予告期間を置いて相手方に対し解約の申入れをしたときは、その期間の経過により賃貸借契約は終了する。

(二)  第一次金銭消費貸借契約

原告は、本件第一賃貸借契約の安定を図るため、昭和五四年四月二八日、被告に対し、一億四六七〇万円を次の約定で貸し渡した(以下、この金銭消費貸借契約を「本件第一消費貸借契約」という。)。

(1) 利息  昭和六四年三月三一日までは無利息、以後は年二パーセント

(2) 元本返済方法  昭和六五年から昭和七四年まで毎年三月三一日限り一四六七万円ずつ弁済する。

(3) 特約  被告の了解のもとに、原告のやむを得ない事情により本件第一賃貸借契約が解約された場合、被告は、原告が本件第一建物を明け渡した後二年以内に、又は後の賃借人が決定した後その賃借人から預託された保証金をもって、原告に対し、借入金を返済する。

3(一)  第二次賃貸借契約

原告は、更に、昭和五八年一一月末ころ、被告から、別紙物件目録記載(二)の建物部分(以下「本件第二建物」という。)を次の約定で賃借した(以下、この賃貸借契約を「本件第二賃貸借契約」という。)。

(1) 賃料 月額三四二万三〇〇〇円

(2) 期間  昭和五八年一二月一日から昭和六一年一一月三〇日まで

(3) 敷金  賃料六箇月分相当額

(4) 期間内解約  原告又は被告が六箇月間の予告期間を置いて相手方に対し解約の申入れをしたときは、その期間の経過により賃貸借契約は終了する。

(二)  第二次金銭消費貸借契約

原告は、本件第二賃貸借契約の安定を図るため、昭和五八年一二月一日、被告に対し、八〇〇〇万円を次の約定で貸し渡した(以下、この金銭消費貸借契約を「本件第二消費貸借契約」という。)。

(1) 利息  昭和六八年一一月三〇日までは無利息、以後は年二パーセント

(2) 元本返済方法  昭和六八年から昭和七七年まで毎年一二月一日限り八〇〇万円ずつ弁済する。

(3) 特約  被告の了解のもとに、原告のやむを得ない事情により本件第二賃貸借契約が解約された場合、被告は、原告が本件第二建物を明け渡した後二年以内に、又は後の賃借人が決定した後その賃借人から預託された保証金をもって、原告に対し、借入金を返済する。

4  賃貸借契約の解約

原告は、昭和六〇年三月三〇日、被告に対し、六箇月後の同年九月三〇日をもって本件第一、第二各賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした上、同月二三日、本件第一、第二各建物を被告に明け渡したので、本件第一、第二各賃貸借契約は、同月三〇日をもって終了した(以下、この解約を「本件解約」という。)。

5  特約の合理的解釈と借入金返還債務の弁済期の到来

(一) 本件第一、第二各消費貸借契約は、本件第一、第二各賃貸借契約に伴う保証金の授受を金銭消費貸借の形を借りて行ったもので、右賃貸借契約と右消費貸借契約とは、前者を主たる契約、後者をこれに付帯する従たる契約とする密接不可分の関係にある。そして、主たる契約が終了すればそれに付帯する従たる契約も終了するのが原則であるから、右原則を前提として本件第一、第二各消費貸借契約に基づく借入金返還債務の期限の利益喪失に関する前記2(二)(3)及び3(二)(3)記載の各特約(以下「本件特約」という。)を合理的に解釈すれば、本件特約は、その文言にかかわらず、原告からする本件第一、第二各賃貸借契約の解約申入れは、原告に債務不履行に準ずるような悪質性がある場合以外は当然に原告に右賃貸借契約を解約するにつき「やむを得ない事情」があり、かつ、被告の了解があったものとみなされ、右賃貸借契約の終了により被告は当然に右借入金返還債務につき期限の利益を喪失してその弁済期が到来するものと解すべきであり、仮に右賃貸借契約の終了により直ちに右借入金返還債務の弁済期が到来するものでないとしても、原告が本件第一、第二各建物を明け渡した後二年が経過した時期と後の賃借人が決定して被告が保証金の預託を受けた時期のいずれか早い時期に被告は期限の利益を喪失して右借入金返還債務の弁済期が到来するものと解すべきである。

殊に、本件第一、第二各消費貸借契約においては、本件特約にいう「やむを得ない事情」がいかなる場合を指すのかが明確にされていないから、本件特約について被告の恣意的な解釈を防ぐためにも右のような合理的解釈が必要となるのであり、そうでなければ、被告は、本件特約について恣意的な解釈をすることによって原告から受領した実質的に保証金といえる借入金と後の賃借人から受領した保証金を二重に運用する利益を得ることができることになり、そのような約定自体が信義則に反し無効といわざるを得なくなる。

(二) そして、原告が本件解約をしたのは次のような事情によるのであり、原告に本件第一、第二各賃貸借契約について債務不履行に準ずるような悪質性がなく、したがって、本件解約につき原告に「やむを得ない事情」があったことは明らかである。

原告は、本件第一賃貸借契約を締結した当時、本件第一建物を大阪府堺市に本社のある原告の東京支店の事務所として使用し、その常駐人員も一九〇名程度であったが、その後の経済活動の進展とその東京集中に伴って、昭和五九年六月、事業部制を採用し、合計八事業部のうち六事業部の本拠を東京に置き、本件第一、第二各建物を共同で使用することになった。その結果、常駐人員が三〇〇名程度に膨れ上がるとともに、役員が各事業部長を兼任したところから多数の個室を必要とするようになって、本件第一、第二各建物だけでは手狭になってきた。さらに、昭和六〇年四月には、東京本社制を敷き、本社機構を一部門を除きすべて東京に移転し、常駐人員も三八〇名を超え、また、各種機器を導入、設置することになって、本件第一、第二各建物だけでは極度に面積が不足し業務に支障を来すことになったので、より面積の広い建物に東京本社を移転せざるを得なくなり、やむを得ず本件解約をしたのである。

(三)(1) したがって、本件第一、第二各消費貸借契約に基づく被告の借入金返還債務は、本件第一、第二各賃貸借契約が終了した昭和六〇年九月三〇日に弁済期が到来した。

(2) 仮に右(1)の主張が認められなくとも、被告は、第一生命保険相互会社に対し、昭和六〇年一一月一日ころ本件第一建物の二、三階部分を、同年一二月一日ころ同四階部分を貸し渡し、また、富士ゼロックスオフィスサプライ株式会社に対し、同年一〇月五日ころ本件第二建物を貸し渡し、それぞれ、そのころ保証金を受領しているから、本件第一消費貸借契約に基づく被告の借入金返還債務については遅くとも同年一二月末日に、本件第二消費貸借契約に基づく被告の借入金返還債務については遅くとも同年一〇月末日に、それぞれ弁済期が到来した。

6  結論

よって、原告は、被告に対し、消費貸借契約に基づき、貸付金合計二億二六七〇万円及びこれに対する弁済期の後の日である昭和六一年一〇月三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1ないし4の各事実は、いずれも認める。

2(一)  同5(一)の主張は、争う。

(二)  同5(二)の事実のうち、原告において本件第一建物の常駐人員が増加したことは認めるが、その余は知らず、その主張は争う。

(三)(1)  同5(三)(1)の主張は、争う。

(2) 同5(三)(2)のうち、原告主張のとおり、被告が第一生命保険相互会社に対して本件第一建物を、富士ゼロックスオフィスサプライ株式会社に対して本件第二建物をそれぞれ貸し渡したことは認めるが、その主張は争う。

(被告の主張)

1  本件第一、第二各消費貸借契約は、本件第一、第二各賃貸借契約について賃借人である原告に解約権を認めつつ、それが行使された場合にも被告に右消費貸借契約における借入金返還債務の期限の利益を享受させて、間接的に、原告による右賃貸借契約の解約権の行使を抑制し、右賃貸借契約関係の長期安定を図り、賃貸人である被告の立場を保護することを意図して締結されたものである。しかして、本件第一、第二各消費貸借契約においては、借入金返還債務の期限の利益に関し、本件特約のほか、「原告が原告の都合により建物の全部又は一部を返還した場合には、被告は期限の利益を失わない」旨の約定があるのであるから、本件特約の「やむを得ない事情」とは、借主の事業の業績が悪化して賃料の負担に耐えられなくなるような事情がこれに該当するものと解すべきであり、本件解約は、これに当たらず、右約定にいう「原告の都合による」ものにすぎないというべきである。したがって、被告は、いまだ右消費貸借契約の借入金返還債務について期限の利益を失わない。

2  仮に本件解約が原告のやむを得ない事情によるものであるとしても、被告は、左記の理由により、被告自身の判断として、本件解約が原告のやむを得ない事情によるものと評価してこれを了解してはいないから、被告は、いまだ本件第一、第二各消費貸借契約の借入金返還債務について期限の利益を失うことはない。

(一) 原告は、本件第一賃貸借契約締結の際、被告に対し、原告は今後一〇年間は確実に本件第一建物を賃借するので、当初は賃料及び共益費を低廉にしてほしい旨申し入れてきた。これに対し、被告は、原告が前記1記載の約定及び本件特約を含む本件第一消費貸借契約の締結に応じたことから、当初の賃料及び共益費を低廉にすることにより生じる被告の損失(昭和五四年度ないし昭和五六年度の三年間で約六三一〇万円に上る。)は、原告からの借入金の運用利益によって回収すればよいと考え、原告の右申入れに応じた。

(二) また、原告は、本件第二賃貸借契約を締結する以前、被告に対し、本件第二建物が空いた場合には原告が賃借したいので、他の賃借人を入れないでもらいたいと申し入れてきた。そこで、被告は、昭和五八年九月に本件第二建物が空いたので、原告に対し、その旨伝えて原告の入居を待ち、他からの賃借申込みを断った。ところが、原告は、必ず借りるからもう少し待ってほしいと言うのみで、賃貸借契約を締結せず、同年一一月末になって、ようやく本件第二賃貸借契約を締結したのである。この間、被告は、本件第二建物についての他からの賃借申入れを断って、これを空室にしていたことにより、約一三五〇万円の賃料相当の損失を被ったが、被告は、原告が前記1記載の約定及び本件特約を含む本件第二消費貸借契約の締結に応じたので、右損失については、原告からの借入金の運用利益によって回収すればよいと考え、原告に補償を請求しなかったのである。

(三) しかるに、原告は、右のような被告の期待を裏切り、原告の都合だけで本件解約をしてきたので、被告は、本件解約を原告のやむを得ない事情によるものとは評価せず、これにつき了解を与えなかったのである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被告が本件第一、第二各消費貸借契約に基づく借入金返還債務について期限の利益を失い、その弁済期が到来したか否かについて判断する。

1  原告は、本件第一、第二各賃貸借契約と本件第一、第二各消費貸借契約とが主従の関係において密接不可分の関係にあることを理由にして、本件特約は、その文言にかかわらず、原告に右賃貸借契約について債務不履行に準ずるような悪質性がある場合以外は右賃貸借契約の終了により被告は当然に右消費貸借契約の借入金返還債務につき期限の利益を喪失してその弁済期が到来するものと解すべきであり、仮に右賃貸借契約の終了により直ちに右借入金返還債務の弁済期が到来しないとしても、原告が本件第一、第二各建物を明け渡した後二年が経過した時期と後の賃借人が決定して被告が保証金の預託を受けた時期のいずれか早い時期に被告の右借入金返還債務の弁済期が到来するものと解すべきであると主張する。

2  しかしながら、原告の右主張は、以下の理由により、採用することができない。

すなわち、前記一の争いのない事実と〈証拠〉によれば、本件第一、第二各消費貸借契約は、形式的には、本件第一、第二各賃貸借契約とは別個の金銭消費貸借契約であるが、右賃貸借契約の賃貸人である被告と賃借人である原告との間で右賃貸借契約に伴い原告から被告に保証金を差し入れるのに代えて締結されたものであり、内容的にも、賃料月額の二〇ないし二五倍という高額の金員を一〇年間据置き、以後は年二パーセントの利息を付して一〇年間の均等年賦返済という、右賃貸借契約の存在を抜きにしては通常考えられないような有利な金融の利益を賃貸人である被告に与えるものであることが認められ、右消費貸借契約と右賃貸借契約とは、後者が主たる契約で、前者が従たる契約ともいえる密接な関連性を有することは明らかである。しかしながら、前記一の争いのない事実と成立に争いのない甲第二及び第四号証によれば、本件第一、第二各消費貸借契約の契約書は、ほぼ同様の内容のものであるが、その四条には、被告の借入金返還債務の期限の利益に関し、後記のとおりの内容の条項が置かれ、本件第一、第二各賃貸借契約の終了により被告の右借入金返還債務の期限の利益が失われる場合を一定の要件のもとに限定しており、本件特約は右四条二項ただし書に該当するものと認められる。そして、右条項に照らすと、本件第一、第二各消費貸借契約の目的は、賃貸人である被告に金融の利益を与えると同時に、賃借人である原告の一方的都合によって本件第一、第二各賃貸借契約が解約されても右消費貸借契約における被告の借入金返還債務の期限の利益は失われないとすることによって、間接的に右賃貸借契約の長期安定を図ることにあり、本件特約にいう「やむを得ない事情」の意義も、右消費貸借契約の四条一項本文にいう「原告の都合」と対比して限定的に解釈するのが相当であり、右賃貸借契約と右消費貸借契約とが主従の関係において密接な関連性を有するからといって、本件特約を原告が主張するように解釈することは到底できないものといわざるを得ず、原告の右主張は採用することができない。

一項 原告が原告の都合により賃貸借室の全部もしくは一部を返還した場合においても、被告は期限の利益を失わない。

二項 原告が賃貸借契約に違反し、その他原告の責めに帰すべき事由により、被告が賃貸借契約を解除したときも、また同様である。ただし、被告の了解のもとに、原告のやむを得ない事情により賃貸借契約が解除された場合、被告は、原告が本物件明渡後二年以内、又は後テナント(賃借人)決定後、その預託された保証金をもって原告に(借入金を)支払うものとする。

なお、原告は本件特約にいう「やむを得ない事情」がいかなる場合を指すのかが明確になっていないから、被告は、本件特約を恣意的に解釈することによって、原告から受領した実質的に保証金といえる借入金と後の賃借人から受領した保証金を二重に運用する利益を得ることができ、そのような約定自体が信義則に反し無効になる旨主張するが、右「やむを得ない事情」の意義は、前示の本件第一、第二各消費貸借契約の目的及びその四条の他の条項の文言との対比により合理的に解釈することが可能であり、また、原告のする本件第一、第二各賃貸借契約の解約が客観的に見て原告のやむを得ない事情によるものと認められるにもかかわらず、被告が本件特約を恣意的に解釈して当該解約を原告のやむを得ない事情によるものと認めず、本件特約にいう「被告の了解」がないとして借入金を返還しない場合には、信義則違反や権利濫用等の一般条項により原告を救済することが可能なのであるから、本件特約自体が信義則に違反し無効であるということはできない。

3  そこで、進んで、本件解約が客観的にみて社会通念上原告のやむを得ない事情によりされたものと認められるか否かについて検討する。

(一) 前記一の争いのない事実と〈証拠〉によれば、原告は、本件第一賃貸借契約を締結した昭和五四年当初、本件第一建物を大阪府堺市に本社のある原告の東京支店の事務所として使用し、その常駐人員も一五〇名程度であったが、業務の拡大とその東京集中に伴って、昭和五六年には東京支店を東京支社に昇格させ、さらに、昭和五九年六月には事業部制を採用し、合計八事業部のうち六事業部の本部を東京に置いて本件第一、第二各建物を共同で使用することにしたこと、常駐人員は、その間毎年二〇ないし三〇名程度ずつ増え、事業部制を採用したころには三〇〇名程度に達していたが、事業部制の採用と同時に営業部長を兼任している四名の役員のための個室も必要となり、さらに、OA機器等の導入・拡充ともあいまって、本件第一、第二各建物だけでは事務所として手狭になってきたこと、そして、原告は、同年七月ころ、本社機構を一部門を除きすべて東京に移転することを決定したことから、本社機構の東京移転に伴う常駐人員の増加等から本件第一、第二各建物だけではスペース不足となり、業務に支障を来すことが必至となったため、そのころから、被告に対し、本件第一、第二各建物から退去する話をしはじめ、昭和六〇年四月の本社機構の東京移転実施に先立つ同年三月三〇日被告に対し、同年九月三〇日をもって本件第一、第二各賃貸借契約を解約する旨の意思表示をし、同年九月二三日本件第一、第二各建物を明け渡して本件解約に至ったことが認められる(なお、原告において本件第一建物の常駐人員が増加したことは、当事者間に争いがない。)。

(二) また、前記一の争いのない事実と〈証拠〉を総合すれば、原告は本件第一賃貸借契約締結の際、被告に対し、原告が一〇年以上の長期にわたり本件第一建物を賃借するので、当初は賃料及び共益費を安くしてもらいたい旨申し入れ、被告は、当初の賃料及び共益費を安くすることにより生じる被告の損失は、本件第一消費貸借契約による借入金を長期にわたって運用することによって回収すればよいと考え、原告の右申入れに応じて賃料月額七〇四万一六〇〇円のところ当初の二年間は月額五八六万八〇〇〇円とするなどしたこと、被告は、昭和五七年四月ころから、原告より、本件第一建物のあるビルの他の階に空室が生じたときはこれを借り増したい旨の申入れを受けていたが、昭和五八年三月、他に賃貸していた本件第二建物が同年九月に明け渡されることが明らかになったので、その旨を原告に伝えたところ、原告から同建物を賃借したい旨の回答があったこと、そこで、被告は、同年九月以降、本件第二建物を空室にして原告の入居を待っていたが、原告と被告との間で右建物について本件第二賃貸借契約が締結されたのは、原告の都合により同年一一月末になってからであったこと、しかも、原告は、右契約締結のわずか八箇月後の昭和五九年七月末ころから、被告に対し、本件第一、第二各建物から退去する話をしはじめ、本件解約に至ったこと、以上の各事実が認められる。

(三) 右(一)の認定事実によれば、原告が本件解約をしたのは、要するに、原告の業務拡大に伴う機構改革等により本件第一、第二各建物だけでは事務所として手狭になり原告の業務に支障を来すようになったことによるものということができるが、前示のとおり、本件第一、第二各消費貸借契約の四条においては、その一項で、原告がその都合により賃貸借室の全部もしくは一部を返還した場合においても、被告は右消費貸借契約に基づく借入金返還債務の期限の利益を失わないとした上、二項ただし書において、限定的に「やむを得ない事情」がある場合にのみ右借入金返還債務の期限の利益が失われる旨を規定していることに照らし、かつ、右(二)の認定のとおり、被告は本件第一賃貸借契約が長期にわたり継続することを前提にして当初の賃料及び共益費を低額にしたこと等の事情が存することにかんがみると、原告の業務拡大に伴う機構改革等により本件第一、第二各建物が事務所として手狭になり原告の業務に支障を来すようになったことのみでは、いまだ本件解約が原告のやむを得ない事情によるものということはできないものといわねばならない。

4  そうすると、被告は、本件第一、第二各消費貸借契約に基づく借入金返還債務についていまだ期限の利益を失っておらず、右借入金の弁済期はいまだ到来していないものというべきであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

三結論

よって、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官木下秀樹 裁判官増田稔)

別紙物件目録

東京都千代田区神田小川町二丁目一二番地二、同番地六所在

家屋番号  一二番五

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付九階建事務所

一階 620.79平方メートル

二階 668.29平方メートル

三階 668.29平方メートル

四階 675.85平方メートル

五階 675.85平方メートル

六階 675.85平方メートル

七階 675.85平方メートル

八階 675.85平方メートル

九階 675.85平方メートル

地下一階 947.32平方メートル

(一) 前記のうち

二、三、四階部分各645.48平方メートル

合計 1936.44平方メートル

(二) 前記のうち

五階部分 645.48平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例